電気主任技術者制度の変遷
電気主任技術者制度の成立は明治時代まで遡る。制度がどのように変化してきたか調べてみた。法改正がこんなにあるとは思わなかった。追い切れていないところがあるかもしれない。電気工事士については別の記事として書く予定。
言葉の定義にこだわることはあまり好きじゃないが、誤解は先に解いておくべきと思い書いておく。
電気主任技術者と電気主任技術者免状所持者は同一ではない。電気主任技術者は免状を与えられて成るものではなく、免状所持者が電気工作物の設置者から選任を受けて成る。
もっと正確に言えば、電気事業法の定めには電気主任技術者免状以外にもダム水路主任技術者免状やボイラー・タービン主任技術者免状があり、これらをひっくるめて主任技術者免状としている。電気工作物の設置者から選任を受けた時、その電気工作物の主任技術者となる。特定の電気工作物は第一種電気工事士もその主任技術者になることができる。ただ、単に主任技術者と言うと建設業法や電気通信事業法で規定される主任技術者制度と混同して紛らわしいので、一般的には電気主任技術者と言う。
主任技術者の前身、技術長の配置義務(明治24年)
電気営業取締規則(警察令第23号 明治24年8月17日公布)
第六條 營業者ハ事業上相當ノ學識經験アル技術長ヲ置キ開業前其履歴書ヲ添ヘ警視廳ニ届出ヘシ
第七條 需要家ニ電燈又ハ電力線ヲ新設若クハ増設シ送電スルトキハ左ノ事項ヲ詳記シ月曜日毎ニ取纏メ警視廳ニ届出ヘシ但其ノ營業者ニ於テ工事ヲ擔當セサル電燈線又ハ電力線ニ電氣ヲ供給セントスル場合ニ於テハ技術長ノ證明書ヲ添ヘ届出ヘシ
まだ電気事業規制が自治体の管轄だった頃、東京府警視庁が定めた電気営業取締規則は、後の主任技術者に相当する「技術長」を置くことを義務づけている。当時の技術長や主任技術者は事業場単位での配置となっており、電気供給事業者に対して電気工作物ごとの選任が義務づけられたのは昭和40年の現行電気事業法が施行されてからの話になる。
営業者は事業場相当の学識経験のある技術長をおかなければならず、これを開業前に履歴書をそえて警視庁に届け出ることになっており、のちの主任技術者に相当する。もっとも事業者は事実上かような技師長をおいており、またその地位も非常に高いものであったが、これが法規により権威づけられたものと見うる。(資料1, p.21)
上記文献ではあたかも主任技術者の地位が最初から安泰だったように受け取れるが、真逆の意見を唱える文献もある。
そもそも主任技術者制度が明治29年の電気事業取締規則の中で作られたのは,当時の電気技術者の地位が極めて弱く事業首脳者の意向によって解任されることが少なくなかったため,「特に主任たる技術者が安んじてその職責を尽し得るように」という意図からであった(電気事業主任技術者制度五十周年記念事業委員会 1965,4頁)。(資料2)
主任技術者の配置義務(明治29年)
電気事業(この時点では自家用や電気鉄道も含む)の規制が自治体から逓信省の所管となり、省令で規則が定められた。イギリス商務省の規則がベースとなっている。ここから早速「主任技術者」の言葉が出てくる。内容は電気営業取締規則に類似する。
電気事業取締規則(逓信省令第5号、明治29年5月9日公布)
第十三條 起業者ハ學識經験アル主任技術者ヲ置キ工事施行前其ノ履歴書ヲ添ヘ逓信大臣ニ届出ヘシ爾後之ヲ變更シタル場合ニハ三日以内ニ其ノ履歴書ヲ添ヘ届出ヘシ但シ逓信大臣ニ於テ不適當ト認ムルトキハ其ノ變更ヲ命スルコトアルヘシ
電気事業法の制定と資格免状・検定試験制度が発足(明治44年)
「電気事業」の中でも特に電気供給事業での地域独占による不当な利益追求や電線路を施設する土地の権利紛争、送電線の地中化や昇圧による周囲環境への電磁障害など様々な問題が顕著になってきたため、明治44年に電気事業法が制定された。ここで主任技術者の検定制度が発足した。この背景について、澁沢元治(元逓信省電気局技術課長)が次のように語っている。
当時電気工学のある(旧制)大学は東京と京都、(旧制)高等工業学校は東京と大阪、また簡易の夜学校は東京築地にあった私立工手学校だけであり、一方電気事業の規模は東京、大阪両電灯会社のごとく数千kWから数十kWにも足りない極めて小さいものも数多くあった。そこで電圧(V)と電力(kW)で事業を区別し(旧制)大学や(旧制)高等工業学校卒業者はそれぞれ相当の事業へ、また工手学校卒業者はある期間の経験年限を決めて、細かい内規が設けられ主任技術者が銓衡されることになった。しかし―この銓衡方法は不公平である―よろしく高等技術教育を受ける便宜を得られない青年技術者に検定試験制度を設けて認定せられ得る途を開くべしとの説が高まってきた。(資料8)
主任技術者が免状制度になったことで能力の要件が明確になり、一定の水準が定められた。また、学歴や実務経験がなくても筆記・口述試験に合格すれば主任技術者として選任されうる資格検定制度が設けられた。一級から五級までの5段階が定められた。
電気事業主任技術者資格検定規則(逓信省令第27号、明治44年9月5日公布)
第一條 電氣事業主任技術者ノ資格ハ左ノ區別ニ依リ之ヲ檢定ス
等級 電氣事業ノ種類 第一級 電氣供給事業及電氣鐵道事業 第二級 一萬五千ヴオルト以下ノ電氣供給事業及電氣鐵道事業 第三級 低壓又ハ高壓ノ電氣供給事業及電氣鐵道事業 第四級 低壓又ハ高壓ノ電氣供給事業 第五級 低壓ノ電氣供給事業 第三條 檢定ハ左ノ試驗科目ニ付試驗ヲ行ヒ合格シタル者ニハ合格證書(第一號様式)ヲ付與ス
- 電氣理論
- 電氣機械及變壓器竝ニ附屬器具
- 電力輸送竝配電
- 電燈
- 電氣鐵道
- 蓄電池
- 電氣及磁氣測定
- 發電所設計附原動機
電気事業主任技術者資格検定は通称「逓試」とも呼ばれた。試験科目は自動制御や電子工学が未発達だったため含まれていないことを除けば、大部分は現行と同じ。大正3年の電気事業主任技術者検定試験解答集を見ると、自然対数を使った過渡現象の説明や各種電流・電圧計の特徴と仕組みを記述する問題、変圧器の各種結線方式でのベクトル図の作成など、今の水準と同等以上の高度な知識が問われていたことが分かる。逓試対策の雑誌はもちろん、現在の東京電機大学の起源となった電機学校など、既に大正時代の時点で逓試合格者数を宣伝していた学校も存在した。
電気事業法施行規則に移行して電気事業取締規則が廃止されたことに伴い、自家用電気工作物の取締、保安については電気事業用の規則とは別に制定された。
自家用電気工作物施設規則(逓信省令第31号、明治44年9月28日)
第二條 本令ノ適用ヲ受クル弱電流電氣工作物(以下單ニ電氣工作物ト稱ス)ヲ分カチテ左ノ二種トス
第一種 邸宅又ハ一構内ニ施設スル低壓ノ電氣工作物ニシテ左ニ揭グル場所以外ニ施設スルモノ
(イ)爆發又ハ燃燒シ易キ危險ノ物質ヲ發生製造若ハ貯藏スル場所
(ロ)常設興行場、公會堂其ノ他公衆ノ來集ヲ目的トスル場屋
第二種 第一種以外ノ電氣工作物第八條 電氣工作物施設者ハ工事着手前ニ主任技術者ヲ選任シ技術ニ關スル事項ヲ擔任セシムヘシ
第二種電氣工作物ノ場合ニ於ケル主任技術者ハ電氣事業主任技術者資格檢定規則ニ依リ資格ヲ有スル者ニ就キ左ノ區別ニ從ヒ之ヲ選任スヘシ第一級又ハ第二級 各種ノ電氣工作物
第三級 使用電壓一萬五千ヴオルト以下ノ電氣工作物
第四級又ハ第五級 低壓又ハ高壓ノ電氣工作物
ここで規定されている「低圧」とは「直流600V以下、交流300V以下」を意味する。第一種電気工作物は現在での一般用電気工作物に相当する区分だが、工事にあたっては届出の義務があった。第二種はそれ以外の自家用電気工作物で、工事するには電気事業主任技術者資格を有する者から主任技術者を選任した上で、認可を必要とした。
電気事業主任技術者資格の等級が3区分に(大正10年)
電気事業主任技術者資格検定規則の改正(逓信省令第24号、大正10年5月10日)により第一種、第二種、第三種の区分となり、第四級以下は第三種に改められた。また、第三種の科目から電気理論と電力輸送、電気鉄道は取り除かれた。
この規則は当初電気事業をその使用最大電圧により第1級から第5級に至る5階級(後さらに第6級を加う)に分けてあった。しかしこれは実施の上で多くの段階に分けては、出題を区分することが難しく、また認定学校を定めるにも至難で差等を設けられる学校側からは堪えられぬ事情があった。(資料8)
旧電気事業法の全面改正(昭和7年)
昭和7年(1932年)に従前の法令の根拠となる法律「電気事業法」が全面改正。資格区分毎の担当範囲はこの前後で何度か改正されている。以下は昭和7年電気事業法制定直後の自家用電気工作物施設規則。
自家用電気工作物施設規則全部改正(逓信省令第56号、昭和7年11月21日)
第二十四條 第二種電氣工作物ノ主任技術者ハ電氣事業主任技術者資格檢定規則ニ依ル資格ヲ有スル者又ハ電氣技術ニ關シ知識經驗ヲ有スル者ニ就キ左ノ區別ニ依リ選任スルコトヲ要ス
第一種 各種ノ電氣工作物
第二種 使用電壓三萬五千ヴオルト以下ノ電氣工作物及構内ニ施設スル各種ノ電氣工作物
第三種 低壓又ハ高壓ノ電氣工作物(構外ニ施設スル電氣鐵道ヲ除ク)、構内ニ施設スル使用電壓二萬五千ヴオルト以下ノ電氣工作物
電氣技術ニ關シ相當知識經驗ヲ有スルト認定セラレタル者 低壓電氣工作物(構外ニ施設スル電氣鐵道ヲ除ク)及構内ニ施設スル百キロワツト以下ノ高壓電氣工作物
「電気技術に関し相当知識経験を有すると認定せられたる者」は、低圧と100kW以下の高圧電気工作物の主任技術者になることができる。この規定は昭和37年から日本電気協会により実施された高圧電気工事技術者試験に対する認定の根拠になった。
昭和10年に発電用汽機汽缶取締規則(逓信省令第14号、昭和10年5月1日)が制定され、汽機汽缶主任者の設置義務が定められた。また、発電用高堰堤規則(逓信省令第18号、昭和10年6月15日)で堰堤主任者の設置義務が定められた。後のボイラー・タービン主任技術者やダム水路主任技術者に相当する。
同年に電気工事士法の前身である電気工事人取締規則(逓信省令第31号、昭和10年9月30日)が制定された。これにより高圧やネオン、一定規模以上の電気工事を行う者に免許の取得が義務づけられた。この規則は根拠法がないとして昭和22年に廃止され、昭和35年に電気工事士法が成立するまで電気工事が無免許でできる事態になった。
高圧電気工事技術者制度が発足(昭和37年)
旧電気工事人制度のうち低圧の一般用電気工作物は昭和35年の電気工事士法で免許取得が義務づけられた一方、自家用や高圧の免許取得義務はまだなかった。日本電気協会は高圧電気工事技術者の試験制度を定め、試験合格者は所轄官庁の認定を以て低圧と100kW以下の高圧電気工作物の主任技術者になることができた。
電気工事士法はもともと一般低圧電気工作物の施工を行う者を対象とした免許制度であり、自家用施設など近年増加の著しい高圧電気工作物の施工を行う者に対する教育、技能の向上をはかるためにはやはり免許制度が必要と考えられるが、それがまだ立法されていない現状ではせめて任意制の高圧試験を行ってその技能の裏付けをすることにより、上記目的を達成したいと企図して本会は、新たに高圧電気工事技術者試験規程を定め、中央、地方の試験委員会を設けて実行にあたり、昭和37年11月18日全国9地区の地方電気協会の手によって第1回の試験を実施した。
自家用電気工作物施設規則第24条第1項ヘおよびトに規程する~として認定されるよう、昭和36年7月1日公局第539号通達による高圧試験としての指定方を通商産業省公益事業局長宛に申請したが、昭和37年12月19日付37公局第136号をもって正式に指定された。(資料3)
後に高圧電気工作物での施工不良による事故増加を受けて、昭和62年にこれに相当する免許制度が第一種電気工事士として法律に定められた。
監督範囲の改正と小規模高圧受電施設の保安業務委託制度(昭和40年)
旧電気事業法の廃止から公益事業令や臨時措置法の時期を経ること約20年、現行法となる電気事業法が改めて制定された。名称が「電気事業主任技術者」から「電気主任技術者」となり、職務の内容が明確になった。一般用電気工作物の保安責任は所有者にあることが明記されたとともに、供給事業者に対しては定期調査と報告の義務が課されることになった。
電気事業法施行規則(通商産業省令第51号、昭和40年6月15日)
第65条 法第54条第2項の通商産業省令で定める電気工作物の工事、維持および運用の範囲は、次の表の左欄に掲げる主任技術者免状の種類に応じて、それぞれ同表の右欄に掲げるとおりとする。
主任技術者免状の種類 保安の監督をすることができる範囲 第一種電気主任技術者免状 事業用電気工作物の工事、維持及び運用 第二種電気主任技術者免状 構内に設置する電圧十七万ボルト未満の事業用電気工作物および構内以外の場所に設置する電圧十万ボルト未満の事業用電気工作物の工事、維持及び運用(四又は六に掲げるものを除く。) 第三種電気主任技術者免状 構内に設置する電圧五万ボルト未満の事業用電気工作物および構内以外の場所に設置する電圧二万五千ボルト未満の事業用電気工作物(出力五千キロワット以上の発電所を除く)の工事、維持及び運用(四又は六に掲げるものを除く。) (※引用者注記:ダム・ボイラーは省略。以下同様。)
また、小規模の自家用需要設備については主任技術者を選任するかわりに、電気保安協会に保安業務を委託できるようになった。平成5年には公益法人以外の一般企業にも委託できるようになった。
自家用電気工作物はその種類が極めて多種であり、規模により確保すべき保安レベルに差があること、及び零細な設置者に電気主任技術者を選任雇用させることが経済的負担を負わせることになり結果として電気主任技術者の選任が行われない事態が懸念されたことから、昭和38年の「電気事業審議会の答申」に基づき、昭和40年の電気事業法の施行に際し、電気事業法施行規則第77条において、一定規模以下の中小の自家用需要設備(昭和46年まで300kW未満であったが、冷房需要等の増大により最大電力が上昇したため、委託できる範囲を500kW未満まで拡大したもの)の設置者に限って、電気主任技術者の選任に替えて電気保安協会などにその自家用電気工作物に関する保安業務を委託することもできるとしているものである。(資料4)
主任技術者検定制度の改正(平成5年)
第一種と第二種で行われていた口述試験を廃止し、筆記試験を一次試験と二次試験に分割。二次試験は記述方式として口述の内容を含める。第三種は6科目から4科目へ変更。上位免状取得の必要実務経験年数が8年以上となっていたところを5年以上へ改正、など。(資料6)
監督範囲の構内・構外区別が廃止(平成16年)
種類毎に定められた監督範囲での構内と構外の区別が撤廃され、現行の規程になった。
電気事業法施行規則の一部を改正する省令(経済産業省令第75号、平成16年7月5日)
主任技術者免状の種類 保安の監督をすることができる範囲 第一種電気主任技術者免状 事業用電気工作物の工事、維持及び運用 第二種電気主任技術者免状 電圧十七万ボルト未満の事業用電気工作物の工事、維持及び運用(四又は六に掲げるものを除く。) 第三種電気主任技術者免状 電圧五万ボルト未満の事業用電気工作物(出力五千キロワット以上の発電所を除く)の工事、維持及び運用(四又は六に掲げるものを除く。)
これは平成16年3月に閣議決定された規制緩和の一環としてとられた措置である。
監督範囲について、第二種電気主任技術者の監督範囲を拡大するよう規制緩和要望が出されるとともに、規制改革推進三ヶ年計画における決定を踏まえ、第二種及び第三種電気主任技術者の監督範囲の拡大等について検討を行ない、平成16年3月29日閣議決定の「規制改革・民間開放推進3か年計画」において平成16年度に措置としたところです。
それを踏まえ、第二種及び第三種電気主任技術者の監督範囲のうち、構内と構外の監督範囲について区分を行っていたものの、この区分について電気工作物の工事、維持及び運用に関する技術的レベルの違いはないこと等から、当該区分を撤廃し監督範囲を拡大する内容の電気事業法施行規則の改正を行うものです。(資料7)
近年見直しが検討されている事項
- 外部委託承認の業務実施に必要な実務経験年数を所定の講習修了によって5年から3年へ短縮(令和3年度より実施)
- 外部委託承認制度における太陽電池発電所の出力の上限を2,000kWから5,000kWに拡充
- 電気主任技術者試験の科目別合格制度の有効期間を3年から5年へ延長
- 第三種電気主任技術者免状の監督範囲を近年増加している66kVや77kV需要施設までカバーできるよう80,000V未満に拡充(期待薄)
参考資料
- 電力政策研究会(編)『電気事業法制史』, 電気新報社, 1965年.
- 新谷 康浩『近代日本における資格制度と工業化―電気事業主任技術者検定制度の導入過程に着目して―』, 教育社会学研究第58集, 東北大学大学院, 1996年, pp.65-85.
- 日本電気協会総務部『<報告>高圧電気工事技術者試験を実施して』, 電気協会雑誌, Vol.473, 1963年, p.37.
- 熊澤 昭雄『電気事業法施行規則の一部を改正する省令の概要(電気主任技術者不選任承認の範囲の拡大について)』, 電気協会雑誌, Vol.776, 1988年, pp.32-34.
- (社)日本電気協会『電気工事二法の解説』, オーム社, 1989年.
- 黒木 利知『大幅に改定された電気主任技術者資格制度』, 電気学会誌, Vol.114, No.5, 1994年, pp.306-309.
- 『電気事業法施行規則の一部を改正する省令について』, 経済産業省, 2004年7月5日.
- 『電気管理技術者の歩み資料集』, 銀座電気保安管理事務所, 1990年.