IBM製以上に情報を集めるのは大変かと思ったけど、粘ってみれば思ったより集まったかな。この中では3.5インチ片面ディスクを使ったNECのマシンことを初めて知った。3.5インチ1DはPC-6601、1DDはPC-6601SRで使われている。
261020 RealPro 近畿日本鉄道編 [2]特急ビスタカー・ひのとり
IBM製以上に情報を集めるのは大変かと思ったけど、粘ってみれば思ったより集まったかな。この中では3.5インチ片面ディスクを使ったNECのマシンことを初めて知った。3.5インチ1DはPC-6601、1DDはPC-6601SRで使われている。
→ IBM純正ブランク・ディスケット - radioc.dat
IBMブランドのフロッピーディスク(IBMでの商品名はディスケット)の種類について気になったものの、こういうサプライ用品の情報ってなかなか集めにくい。でも、叩いてみるとさすが巨人のIBMと言われただけあって、出回っている資料が多く、意外に情報が集まった。
この中で、5.25インチ1Dや2Dは5150 Personal Computer、2DDはマルチステーション5550の初期モデルで使われたから分かるとして、5.25インチ1DD(片面倍密度倍トラック)が本当にあったのか怪しい。資料に書かれているから挙げているけども、どこで使われているんだ。調べてみると、他社になるが、ソード M223 markⅢ、ユニバック UP10Eモデル20、UP10Q、三洋電機 MBC-2000、ヤマハ YIS PU-1-10, 20が1DDのドライブを搭載していた。マイナー機種ばかりだが、意外にあるんだな…ただ、IBMのシステムで使われていたとは期待しがたい。
9月の長雨の呪いがやっと終わり、快適に過ごしやすい天気になってきたというのに、私は休日に何もせず横になって何もしないか、せいぜいYouTubeで料理や理経雑学の動画をひたすら見ているばかりな気がする。ゲームも手に付かない。仕事と家事をする時以外に本当に動いていない。そう思っていたときにちょうど、ZIPのレイナさんも同じようなことを話していたので、これが私特有の現象じゃないことに少し安心した。
そして、これを書いている途中で遭遇したのがこの動画。
→ (47) 【疑問】睡眠中はなぜ無意識なのに心臓止まって死なないのか【ゆっくり解説・雑学】 - YouTube
他に、人はなぜ怠けるのかを心理学から解説した動画とか見て、対策を知ったけども、それを実践するかどうかは…どうだろな。
最近、86BoxプロジェクトにおいてIBM PS/2、PS/55、5550エミュレーションの改良が進められている。PS/55モデル5550-Tの省スペース・廉価モデルであるモデル5540-T、日本初のDOS/V専用ラップトップPCであるモデル5535-S、そして、同じPS/55ブランドのラップトップでありながらアーキテクチャーはマルチステーション5550であるモデル5535-Mが追加されようとしている。まさかこの期に及んで対応モデルが増えるとは、期待していなかった。マシンのアーキテクチャーの解明が進むことは喜ばしい。
残念なのは、これらのマシン(DOS/Vを除く)で動くソフトウェアが乏しいことだ。もともとオフィスコンピュータのように特定業務ソフトウェアや端末エミュレーターを動かすために使われることが多かったマシンだけに、市販ソフトウェアの流通が乏しい。Lotus 1-2-3や一太郎が移植されているはずだが、これらが中古市場に出ているところを見たことがない。まあ、日本語DOSの動作テストはBASICインタープリターである程度クリアしているので、あとは、5550でDOSじゃない方の『文書プログラム』が動くかどうかは確認したいところ。これが動くならエミュレーション精度は及第点と言える。欲を言えば、カラーやハードディスクへの対応等キリがない。
→ (29) 【IBM vs 互換機9社】マイクロチャネルはなぜ消えたのか──今もPCの背面に残る“PS/2”端子の正体 - YouTube
MicroChannelというと、バス調停機能とPOS (Programmable Option Select) によるボード資源設定機能が目玉であると知っていたけど、その開発のきっかけが電磁波障害対策とは知らなかった。米国連邦通信委員会 (FCC) の規制が厳しくて当時の日本企業が製品の輸出に苦労したという話はしばしば聞いたことがある。日本で同様の規制が広まったのは、1985年12月に設立されたVCCI協会によるVCCI技術基準がきっかけで、翌年にNECのPC-9801VM21やVXがVCCIに適合するためにFDDのヘッドを金属シールドでカバーするようになったことなどが知られる。
そして、約40年近く前のPersonal System/2のキーボード・マウスコネクターがPS/2コネクターという形で最新のマザーボードに現存していると思うと感慨深い。
最近、ブログの書き方に悩んでいた人の記事を読んで、それに感化されて書いている。
私はいつも長文を書いているわけじゃないが、長文を書いている時の原動力は以下に集約される。
文章に書くことで知識や考えが整理されてまとまる。これは勉強法の一つとしてもよく挙げられるように、ある物事を人に伝えたり教えようとするとき、それを自分なりの言葉にかみ砕く必要があるから、人一倍に理解を深めることになる。
皆がそうとは限らないかもだが、私の長文記事は皆が想像している数倍の時間が掛かっている。「これだけの内容を書くには2~3時間かかったに違いない。」という記事は実際は5時間以上掛かっていることも珍しくない。しかし、そういう記事は時間こそ掛かっていても、書いている間はそこまで苦にならない。書き始めの段階は大変かもしれないが、ある程度書けると次に書く内容は決まってくる。ここで注意すべきは、質イコール量ではないことだ。時間が掛かることよりも内容の質を上げて完成させようという意欲が勝ってくる。
もっとも、このまとめる力はかつて情報発信者に必要な能力だったが、近年の「AI」が優れている部分であり、単に情報発信する場合にはAI任せでよくなってきている。
自分はこんなことが出来るんだぞ、という顕示欲を満たすために書く。普段の会社や私生活では評価してくれる人がいなくとも、このインターネットの場では勝手に共有されたりリンクを貼られたりする。いいねやブックマークも同じ。それを見つけると評価された気分になれる。これは皆や私自身が思っている以上に、大きな原動力になっている気がする。ただ、最近話題の大食い動画のように、これに頼り過ぎると誤った方向に進む可能性があるので自制しないといけない。
純粋に、他の人に知ってほしいことや広めたいという気持ちもあれば、共感してほしいと思ったこともそう。私にとって後者の理由で書くことは稀な気がする。多分、あまりプライベートを開示していないせいだろう。これはまた別の議論になるが、私にとってブログは私物空間でありながら完全なプライベートではなく、常に一線を引いている。人目を無視することは出来ないし、無視していけないと思う。
この欲を満たす方法は他にも色々ある。SNSだけでなく、レビューやWikiへの投稿もそう。しかし、自己顕示欲は薄れる気がする。
こういうことがあったよね、と後から自分で振り返るため。人の記憶は有限であり、生きていく上で必要ないと思ったことは忘れていく。些細なことほど忘れがちだが、これが後で読み返すと新しい発見があったり話のネタになったりする。そして、20年後くらいにはその情報が思いがけず価値を持ってくる場合もある。最近、昔のショッピングなどの日常を撮影した動画が動画サイトで注目を集めたりする。当時は周囲の人も何が面白いのかと首をかしげた光景が、数十年後の人から珍しがられるかもしれない。
一つ留意しないといけないのは、書いたデータをバックアップなりで消えない状態にしておくこと。ブログサービスが終了してデータが残らないという結果が一番悲しい。私はMarkdownでテキストファイルに入力したものを、気が向いたときにまとめて別のストレージへバックアップしている。
正直なところ、ブログが趣味の結果だとしても、それで収入が入ることは少なからず次の創作意欲に繋がる。
このブログはサーバー・ドメイン使用料に年間2,300円ほど掛かる。ドメインにこだわらなければ、幾らでも無料でやりようはあると思うが、そこは独自ドメインを持ちたいという私のこだわりである。書くことに多大な時間も掛かっているが、それを人工としてはじき出すのは無粋だろう。
収入は時々貼っているAmazonリンクのアフィリエイトのみ。一番多いときで年間2万円近くあったが、ここ数年はAmazonリンクを貼る記事をあまり書いていないせいか、年間2,000円程度に下がっている。それでも収支がほぼトントンで済んでいるのは自分でも意外に思うとともに、全くないよりはいいと思ってしまう。だが、これがアフィリエイト優先になったとき、上記の理由は失われる。
これらはブログじゃなくても、動画でも同じことができる。私にとっては、動画で伝えるより文章で伝える方が得意だからこの形を選んだ。ブログだけの利点としては、後から修正しやすい点がある。
忙しかったり書くネタがないときはニュースや動画で気になったものをネタにするのはありだが、いっそサボるのも手だ。義務感から続けているものは長続きしない。毎日書こうと意気込むと、やめづらくなって自分の首を絞める。
ま、利益を求めないのなら、続けるも続けないも自由。書きたいものが見つかったら書けばいい。そう考えると気が楽になる。